長靴下ピッピ展

day
Feb 20, 2019

こども達の大好きな『長靴下ピッピ展』に行きました。
心に残ったのはイングリッドヴァンニイマン(Ingrid Vang Nyman1916~1959)のイラストレーション。ニイマンにしか書けない完成度の高い線を凝視しながら「イラストというのは自身の線を獲得できるかどうか」だなと思う。腕から指先の関節の一つ一つまでが脳からの神経伝達で完全にコントロールされる。鍛錬されたピアニストのように。
藝大の油画科卒のペインターの友人が以前「(版画ではあるけれど)浮世絵の線って単純そうだけど真似してみるともんのすごく難しいんだよねー」と言ってたのを思い出した。そういえばニイマンも浮世絵を模写していたのだったな。

ほとんど人の目に触れることのない、未だ液体状態の漆の姿を映像に収めた拙作『figure』、これに青木さんに音楽をつけてもらいたいなーと半年ほど前から思っていた。
青木さんはパリ、ベルリンを経て今は大阪ベースで活動されている、エレクトロミュージックの分野で世界的に知られる方だ。
お正月過ぎにぼんやりインスタグラムを見ていたら、友人が八日戎に行きました―という楽しそうな投稿が流れてきた。赤ちょうちんのぶら下がるネオレトロ?な飲食スペースでDJがプレイしている。「DJの青木君に会いました」と書いてあったので、DJの青木くん?でも、これはきっと違うDJの青木くんであろう、と思っていたらハッシュタグにaokitakamasaとあってびっくり。えびすさまに福をいただいたような気持ちで、すぐ友人にメールをしてみたら快く紹介してくれたのでした。

そして先日心斎橋のど真ん中にある秘密基地のようなスタジオにお邪魔してきました。
前もって作ってくださっていたサンプル音に持参した映像を合わせてみたところ、どうしてこんなに~というぐらいぴったりで。まるで映像という2次元で表現されていた漆が3次元に広がったようでした。
青木さんの分析では、自分は慣性の法則などの物理法則を意識して作ってるから、漆が重力で落ちてゆく現象と合うのかも…とのことでした。
お話していても、パリにいたという共通点もあり、不思議なほど感覚の通じ合える方でした。
『Figure』に青木孝允さんの音楽が加わることで、より漆の質感が立ちあがってくるに違いありません!完成が楽しみです!

*special thanks to Sayaka Kato!

完璧なるものとその先

history
Feb 04, 2019

所属している会主催の、迎田秋悦についての講演を聴いてきました。
迎田秋悦は明治から昭和を生きた京都の近代工芸を代表する漆芸家です。浅井忠や神坂雪佳らの薫陶を受け、変化する時代の中で新しい工芸の道を希求し続けました。
真摯に漆芸に捧げた秋悦の人生と、数々の超絶技巧の作品には感服するほかありません。

以下は、講演を聴きながらつらつら考えていたことです。

塗り文化は中国・チベット・韓国・台湾・ヴェトナム・カンボジア・タイ・ミャンマーなどの東南アジア、
ロシア・ビザンチンと古代から世界に数多あれども、日本ほど塗面を恐ろしいほど平滑に徹底的に作り上げた国はないと思うのです。
日本で育つ漆の木の樹液の性質が硬質だったこと、硬いが故に磨けば光る、という漆の性質から導かれたということもあると思います。
でも、きっとそこには歴史の中を生きた几帳面で勤勉な日本の職人達、ひいては国民性が凝縮されていると思うのです。
そして潤いにみちた風土の中で培われた美意識。
漆=Japanであったことに、とても納得がゆくのです。

ただ、完璧にすればするほど、そこに退屈さをはらむ危険がある。
完璧さや調和をいかに破るかに作品の魅力はかかっている。
本阿弥光悦や尾形光琳の作品を見ると、しみじみそう思います。

尾形光琳の八つ橋蒔絵硯箱に金蒔絵で描かれた菖蒲の葉をよく見ると、筆の筋が残っているのが見えます。職人仕事では筆跡をべたっと塗りつぶすはずなので、光琳自身が蒔絵をしたのではないかという説もあります。
葉の勢い、ものすごくちょっとした細部の洗練、センス、絵師としての光琳の才能が発揮され、神経が行き届いています。

完璧を破って向こう側に至れるか、完璧を超えられるか。
そんなことが頭の中をぐるぐる回っていたのでした。