Urushimedia1 異化する

idea
Jan 11, 2019

パリのギャラリーにいたとき、「日本には絨毯のお祭りがあるんでしょう?」と聞かれたことがあります。
???と思ったのですが、少し考えてから「祇園祭り」に思い至りました。最近では、山鉾の懸装品である絨毯が世界的に見ても重要なものであるという認識が周知され、NHKでも特集されたりしていますが、以前には意識はそう高くなかったと思います。しかもこどもの頃から目にしているとそれが自然で、背景のようになってしまっていたせいか、「絨毯のお祭り」と言われてもすぐにわからなかったのです。もちろん「絨毯のためのお祭り」ではなく、主役は神様で、絨毯の他にお稚児さんやお囃子などたくさんの要素があるためもありますが。
でも、「絨毯のお祭り」という視点で見てみたら、それはそれでとても面白いのです。
視点をたくさん持つと、それだけ物事を豊かに見る事ができます。感性の平野が広がるようです。

そんなこともあって、日常を異化するという視点をいつも持っていたいと思っています、とりわけ漆に関しても。
京都にはたくさん漆関係の老舗があります。私自身は、漆家業の家に生まれたわけではありません。外からこの世界に飛び込んだ者として、その世界の内側にいると見えなくなってしまうものを大切にしたいと思います。
例えば、塗師は漆黒という色一つにしても彩度や明度の違い、艶のあるものからないものまで、10段階ほどを見分けることができます。すごいことですが、それは塗師にとって自然なことなのです。
この、片方の世界の者にとって自然だけど、もう一方の世界の者にとっては自然でないこと、この距離感、この差異がミソだと思うのです。また、見慣れている作業中の漆の姿、ルーティーンになってしまうとどうってことないかもしれないけれど、実はハッとするほど美しい姿を見せてくれる瞬間がたくさんあります。
こういうことをUrushimediaとして伝えてゆきたいと思っています。漆というものへの人々の認識が少しでもVividになることを願って。

漆と出会ったのは、パリのギャラリーでインターンをしていた頃です。
日本人としてのアイデンティティならびに文化を表現することを期待され、要求される日々でした。それが武器となることも、実感していました。

Gallery Achdjianは、テキスタイルを中心にアンティ―クから現代アートまで幅広く扱うアートディーラーです。
Drouotなどのオークションに出入りするうち、アイリーン・グレイ(1878~1976)というアールデコの時代にフランスで活躍したアイルランド人デザイナーと菅原精造によって制作された一連の漆の作品を知りました。
経年劣化もあり、表面の状態は決してよくないそれらの作品でしたが、漆という素材の持つ力と可能性に心躍りました。
表現に多様性を持つ漆は、作り手によってどんな文脈にも生かすことができる。
私は、この時初めて漆と出会いました。古より人々を魅了してきた漆の神秘的な美しさ。他者として漆にひかれた瞬間の胸の高鳴りを大切にしたいと思います。
そして私の作るものがそのような体験を誰かに与えられたなら、これに勝る歓びはありません。それが、漆を自身の仕える事とする所以だからです。

(アイリーングレイは、後には建築の世界へと活動の場を移し、ル・コルビュジエ(Le Corbusier1887~1965)とも仕事をしています。二人についての映画が制作され、ポンピドゥーセンターでは回顧展が開催されたり、またイブ・サンローランとパートナーのピエール・ベルジェ旧蔵のDragon arm chairがクリスティーズにおいて20世紀にデザインされた工芸作品としてオークション史上最高額の2820万ドルで落札されるなど、再評価も高いアイリーン・グレイ。彼女の圧倒的なデザイン力でもって表現された漆の作品群からは、漆という素材そのものが迫ってきます。アイリーンは漆に何を見ていたのでしょうか。あの世で出会えたら、ぜひ聞いてみたいのです。)