漆時間

work
Jan 28, 2019

漆というメディアは、頭の中に描いたものが目の前に現われるまでとても時間がかかります。

まず木地ができあがってくるまでに半年以上(木を乾燥させる期間も必要です)。
そこから漆の作業に入りますが、仕上がりまで当初考えていた時間の三倍かかったなんてことが普通だったりします。
なぜなら、漆を塗るためには入念な下地が必要だからです。少しの面の揺らぎもなく、小さなピンホールもないような滑らかな完璧な状態の面を作りあげることでようやく、漆を塗った時に美しさが立ち現れます。
私が漆は液状のときが一番美しいと感じるのは、粘度の高い液状の漆ならではの、表面張力で張り詰めた究極的に滑らかな面が、そこに現われるせいかもしれません。
ですから、がさがさの面やぴしっと面のできていない素地に塗っても美しくはなりません(大胆さを求めたり、おどろおどろしい漆の表情を引き出すというようなアプローチの作品には有効かもしれませんが)。
下地ができて塗り工程に入ってからも、さらに塗面を平滑にしていくために塗りと研ぎを繰り返します。
その特性ゆえ、下地では面を研ぎ澄まし、塗りでは厚さを均一に塗り、また埃を徹底的に排除するという職人的な技が必要になってきます。

しかもそのすべての一工程ごとに、半日から一日以上漆が乾く時間が必要です。
どんなに人間がファストライフを過ごしていても、漆の乾くスピードは古来から変わらない。
現代の生活の中にいると、時になーんて時間がかかるんだ!と絶望的な気分になったりするのですが、逆に、そんな古から普変のものが自分まで連綿と繋がっていることに安心したりもするのです。

今、ちょうど、そんな漆時間の中にいる制作中のものを次から紹介しようと思います。
きっと発表できるまでにまだとてもとても時間がかかるので!

 

職人さんたちのこと

work
Jan 21, 2019

京都という街にはいろいろなジャンルにハイレベルな職人さんがいらして、漆の仕事をするにも恵まれた環境です。
私は、乾漆(粘土や石膏で型を造形し、その上に漆と土の粉を混ぜてペーストにしたものと布を交互に貼ってゆき胎をつくる)技法と一般的な木地の両方を、作るものによって使い分けています。
乾漆に関しては自身で胎を作ってゆくということになりますが、木地を使うときには木地師さんに挽いてもらいます。
私が頼んでいるのは、京都一の木地師といわれる西村直木さんという方です。
古典的な京都の仕事の最高峰はお茶道具なので、千家十職の中村宗哲さんの木地はじめ、お茶道具のお仕事をたくさんされています。私はお茶道具を作っているわけではないのですが、ありがたいことに数年前に初めてお会いしてからずっと、一緒にお仕事をしてくださっています。

超一流の木地師さんは、超一流の材木屋さんから材木を仕入れます。
ある時、私が大きな木地の予算の関係で悩んでいたときに、もう少し質が低くてもいいから(といっても、日本産欅の中での話です)、手頃な木はないかと材木屋さんに尋ねてくださいました。そうしたらむーっとされて・・・・と笑っておられたことがありました。

京都のお茶道具など格の高い仕事というのは、互いが互いを監視している、とよく西村さんは言います。分業の中で、依頼主はじめ互いが保たなければならない最低限のレベルという共通認識があり、常にそのレベル以上の仕事をしているかと互いを見張っているような関係性の上に成り立っているのだそうです。それが京都の伝統と格式を守り続けているのです。

この西村さんという方は、若かりしころはファッション業界にいらして、イッセイミヤケでお洋服のデザイナーをされていたという異色のキャリアの持ち主でもあります。そこから木地師になられるまでの紆余曲折はここでは割愛させていただきますが、それだけに木地のデザインの面に関しても鋭い感覚を持っておられます。

で、京漆器についていろいろと教わっていたのですが、最近はだんだん文学や音楽の話、ときどきストリップ小屋への憧憬などの猥談もはいりだけど…その文学にしても、古典から現代まであらゆる時代を網羅されていて、しかも読むもんなくなってきたから図書館の全集をかたっぱしから・・・・と日本における小説黎明期の作品群などという超マイナーな分野について色々と教えてくれたり。はたまた音楽についても、武満徹からバルトークの弦楽四重奏やらシューマン一家の話など、本当に幅広く自身の視点を持って語ってくれます。この人の仕事の背後にはこんな世界があって、これだけの知識の上にこの仕事がなされているんだなあと、仕上がってきた木地を見ながらしみじみ思うのです。

もう一人、私がお世話になっているのは上塗り師の番浦さんです。微妙な匙加減など自身で最後までコントロールしたい場合や、うちの師匠直伝の朱塗りをしたい時には自分で上塗りまでします。でも最後の最後、最も表皮の部分の美が作品の完成度を左右するのは間違いないので、黒や溜などそこを上塗り師さんに塗っていただいたほうが完璧に仕上がる時には番浦さんにお願いしています。

番浦肇さんは明治生まれの漆芸家番浦省吾のお孫さん。
私がパリで漆をやることに決め、当時の彼氏と図書館にこもって漆関係の美術書あさって師事する先生を探していた時、この方!と思ったのがShogo Ban’uraでした。しかしさらに調べてみるとすでにお亡くなりになっていたので、再び色々とあたって私の師であるNagatoshi O’nishi先生に巡り合いました。

そんな番浦省吾さんのお孫さんのお宅が、自宅から徒歩5分のところにあることを知ったときには驚きました。省吾さんの建てられたお宅で省吾さんの作品を目の端に入れながら肇さんと話していると、ふっと省吾さんがその辺にいて見守られているような不思議な感覚に襲われたのでした。
そんなわけで、「ばんうらさーん」と呼んでいても、いまだに私の脳裏ではアポストロフのついたBan’uraさんです。
 
京の懐は斯様に深く深く、愉しいのです。
日本の伝統のど真ん中で、最高の職人さん達と一緒に仕事ができることに感謝しています。それに恥じないよう自身の技を磨き、それをもって新しいことに立ち向かいたいと思うのです。

 

Urushimediaとしての活動を始めたのは、端的にいえば、漆で作品を作って鑑賞者に見てもらう、また購入してもらうという従来の方法に限界を感じたからです。もっと流動的に、能動的にアプローチしたい。作りたいものも、漆器、漆芸品というような言葉の範疇からはみ出してきました。空間という体験型のものであったり、映像であったり。色んな方向から多角的に漆にアプローチしたほうが漆を伝えることができるのではないか、と考えたのです。

また、現代において漆作家は(陶芸などの工芸全般に言えることかもしれません)、アートなの?工芸なの?という立ち位置に悩まされる場合があります。私もそこにはまり込んだことがありました。でも、こんなに世の中が猛スピードで変わっていくスリリングな時代、そんなところからぽーんと飛び出して、新しいプラットホームを作ってしまえばいいや、と思ったのです。

Urushimediaとしての表現方法は、蒔絵などのように外へ外へと加飾を重ねてゆくのではなく(決して蒔絵を否定しているわけではありません)、漆という素材に拡大鏡で迫っていくようなやり方をとります。生活の中に本物の漆器がほとんどない現代の環境、その中で漆というものを伝えていくには、内へ内へと向かった方が、漆という素材、魅力が見えてくるんじゃないだろうか。そっちの方が強いんじゃないだろうか。そう思うのです。

Urushimedia1 異化する

idea
Jan 11, 2019

パリのギャラリーにいたとき、「日本には絨毯のお祭りがあるんでしょう?」と聞かれたことがあります。
???と思ったのですが、少し考えてから「祇園祭り」に思い至りました。最近では、山鉾の懸装品である絨毯が世界的に見ても重要なものであるという認識が周知され、NHKでも特集されたりしていますが、以前には意識はそう高くなかったと思います。しかもこどもの頃から目にしているとそれが自然で、背景のようになってしまっていたせいか、「絨毯のお祭り」と言われてもすぐにわからなかったのです。もちろん「絨毯のためのお祭り」ではなく、主役は神様で、絨毯の他にお稚児さんやお囃子などたくさんの要素があるためもありますが。
でも、「絨毯のお祭り」という視点で見てみたら、それはそれでとても面白いのです。
視点をたくさん持つと、それだけ物事を豊かに見る事ができます。感性の平野が広がるようです。

そんなこともあって、日常を異化するという視点をいつも持っていたいと思っています、とりわけ漆に関しても。
京都にはたくさん漆関係の老舗があります。私自身は、漆家業の家に生まれたわけではありません。外からこの世界に飛び込んだ者として、その世界の内側にいると見えなくなってしまうものを大切にしたいと思います。
例えば、塗師は漆黒という色一つにしても彩度や明度の違い、艶のあるものからないものまで、10段階ほどを見分けることができます。すごいことですが、それは塗師にとって自然なことなのです。
この、片方の世界の者にとって自然だけど、もう一方の世界の者にとっては自然でないこと、この距離感、この差異がミソだと思うのです。また、見慣れている作業中の漆の姿、ルーティーンになってしまうとどうってことないかもしれないけれど、実はハッとするほど美しい姿を見せてくれる瞬間がたくさんあります。
こういうことをUrushimediaとして伝えてゆきたいと思っています。漆というものへの人々の認識が少しでもVividになることを願って。

漆と出会ったのは、パリのギャラリーでインターンをしていた頃です。
日本人としてのアイデンティティならびに文化を表現することを期待され、要求される日々でした。それが武器となることも、実感していました。

Gallery Achdjianは、テキスタイルを中心にアンティ―クから現代アートまで幅広く扱うアートディーラーです。
Drouotなどのオークションに出入りするうち、アイリーン・グレイ(1878~1976)というアールデコの時代にフランスで活躍したアイルランド人デザイナーと菅原精造によって制作された一連の漆の作品を知りました。
経年劣化もあり、表面の状態は決してよくないそれらの作品でしたが、漆という素材の持つ力と可能性に心躍りました。
表現に多様性を持つ漆は、作り手によってどんな文脈にも生かすことができる。
私は、この時初めて漆と出会いました。古より人々を魅了してきた漆の神秘的な美しさ。他者として漆にひかれた瞬間の胸の高鳴りを大切にしたいと思います。
そして私の作るものがそのような体験を誰かに与えられたなら、これに勝る歓びはありません。それが、漆を自身の仕える事とする所以だからです。

(アイリーングレイは、後には建築の世界へと活動の場を移し、ル・コルビュジエ(Le Corbusier1887~1965)とも仕事をしています。二人についての映画が制作され、ポンピドゥーセンターでは回顧展が開催されたり、またイブ・サンローランとパートナーのピエール・ベルジェ旧蔵のDragon arm chairがクリスティーズにおいて20世紀にデザインされた工芸作品としてオークション史上最高額の2820万ドルで落札されるなど、再評価も高いアイリーン・グレイ。彼女の圧倒的なデザイン力でもって表現された漆の作品群からは、漆という素材そのものが迫ってきます。アイリーンは漆に何を見ていたのでしょうか。あの世で出会えたら、ぜひ聞いてみたいのです。)